# 初めてファンに会いに行った話
生と死、そして「推し活」の重み
**ずん
** ねぇねぇ、ファンが亡くなって初めて会いに行ったって、逆じゃね?普通、生きてるうちに会いに行くもんなのだ!
**でぇじょうぶ博士
** それが芸能界の非対称性でやんすよ。ファンは「会いに行けるアイドル」に会いに行くでやんすが、アイドルからファンに会いに行くというのは、まるで重力に逆らうようなもんでやんす。
**かっぱ
** いや待てや。10年間も応援してくれてたんやろ?もっと早く会いに行けたんちゃうんか。
**ずん
** そうなのだ!ボクなんか推しが来てくれたら即座に土下座するのだ!
**やきう
** お前の推しは二次元やろが。画面に土下座しとるだけや。
**でぇじょうぶ博士
** しかし興味深いのは、この「Aさん」という方の存在でやんすね。デビュー1年目のアウェーな営業ライブで見つけてくれた。まるで原石を見つける天才的な目利きでやんす。
**かっぱ
** オレンジのペンライト振ってたって書いてあるな。目印になるくらいやから、相当目立っとったんやろな。
**ずん
** でもさ、「晴れ男」って自称してたらしいけど、それって単なる偶然なのだ?それとも本当に何か力があったのだ?
**やきう
** オカルトかよ。ただの認知バイアスやろ。晴れた日だけ記憶に残っとるだけや。
**でぇじょうぶ博士
** まあまあ、統計的には確率論の範疇でやんすが、人間の記憶というのは「意味」を付与することで強化されるでやんす。Aさんが来る日が晴れだった、という記憶は、彼女にとって特別な「しるし」だったでやんすね。
**かっぱ
** しかしまあ、ファンが周りに「さとはる推してる」って言いまくっとったんやな。友達まで連絡してくるって相当やで。
**ずん
** それ、ちょっと恥ずかしくないのだ?「俺、アイドル推してるんだ」って周りに言いまくるって...
**やきう
** お前みたいな陰キャには理解できんやろうけど、本当に好きなもんは隠さんもんやで。むしろ堂々と語れるんが本物のファンや。
**でぇじょうぶ博士
** そうでやんすね。おいらの研究でも、自己開示の度合いと対象への愛着の強さは正の相関があるでやんす。Aさんは本当に彼女のことを誇りに思っていたんでやんすね。
**かっぱ
** でもな、この話で一番グッと来るんは、「会いに行く」っちゅう行為の重みを改めて認識したっちゅうとこやな。
**ずん
** そうなのだ!チケット取って、予定調整して、会場調べて...って、確かにめちゃくちゃ労力かかるのだ。
**やきう
** しかも10年間やで。ワイなんか3日坊主や。継続性がエグいわ。
**でぇじょうぶ博士
** 人間の寿命を80年として、そのうちの10年は8分の1でやんす。彼は人生の8分の1を彼女を応援することに費やしたわけでやんすね。まるで人生を賭けた投資でやんす。
**かっぱ
** 投資ちゅうか...愛やろ、それは。見返りを求めん純粋な。
**ずん
** でも、アイドルって結局お金もらってるわけだし、ビジネスなのだ?
**やきう
** お、お前急に現実的なこと言うやん。確かに金銭関係はあるけどな、それでもこの10年間の積み重ねは金では買えんもんやろ。
**でぇじょうぶ博士
** そうでやんす。これは「パラソーシャル関係」という一方向的な関係性でやんすが、それでも人間の感情は本物でやんす。おいらの研究仲間が論文で証明してるでやんすよ。
**かっぱ
** しかしまあ、初めて自分でブラックフォーマル買ったっちゅうのもな...大人になってからの「初めて」って、大抵悲しい出来事と結びついとるんやな。
**やきう
** エモいで済ますな。人が死んどるんやぞ。
**でぇじょうぶ博士
** 死というのは、関係性の強制的な終焉でやんす。特にこのケースでは、毎回のように「また次も会える」という前提があったはずでやんすから、その喪失感は計り知れないでやんすね。
**かっぱ
** 「現実味がなくて、見えている景色がスクリーンに投影されたかのように」っちゅう表現、わかるわ。おんなじ経験あるもん。
**ずん
** でもさ、最後に「会いに行けてよかった」って言ってるのが救いなのだ。
**やきう
** それな。行かんかった方が後悔大きかったやろうし。
**でぇじょうぶ博士
** 心理学では「クロージャー(closure)」と言って、物事に区切りをつけることで心の整理ができるでやんす。お通夜への参列は、彼女にとってのクロージャーだったでやんすね。
**かっぱ
** しかしまあ、命日が誕生日っちゅうのも...なんちゅうか、ドラマチックやな。
**ずん
** Re:BIRTHDAYって、生まれ変わりってことなのだ?
**やきう
** いや、「Re:」はメールの返信とかで使う接頭語やろ。「もう一度」みたいな意味や。
**でぇじょうぶ博士
** 深読みすれば、Aさんの魂が新しい形で生まれ変わる、という祈りが込められてるでやんすね。ももクロの曲にそういうタイトルがあるのかもしれないでやんすが。
**かっぱ
** ももクロ好きやったんやな、二人とも。共通の推しがおるっちゅうんも、絆やったんやろな。
**ずん
** でもさ、結局この話って、ファンとアイドルの関係性について考えさせられるのだ。
**やきう
** 急に賢いこと言うやん。どうしたんや、お前。
**でぇじょうぶ博士
** その通りでやんす。芸能界では「ファンあってのアイドル」とよく言われるでやんすが、それは単なる建前ではなく、本当に相互依存的な関係性でやんすね。
**かっぱ
** 一方的に見えて、実は双方向なんやな。ファンは応援することで生きがいを得て、アイドルはその応援で活動を続けられる。
**ずん
** じゃあ、ファンが亡くなるって、アイドルにとっても大きな喪失なのだ?
**やきう
** 当たり前やろ。10年間も応援してくれた人やぞ。家族みたいなもんや。
**でぇじょうぶ博士
** しかし興味深いのは、彼女が「推してもらえてしあわせだった」と感じていることでやんす。通常、幸せを与える側だと思われがちなアイドルが、実は幸せをもらっていた、という逆転の構造でやんすね。
**かっぱ
** まあ、そら舞台に立つ側も人間やからな。応援されたら嬉しいに決まっとる。
**ずん
** でもさ、他のファンの人たちはどう思ったのだ?お通夜に来たこと。
**やきう
** ええ質問やな。ファンからしたら、推しが自分の親しい人の葬儀に来てくれるとか、夢みたいな話やろうけど、複雑やろな。
**でぇじょうぶ博士
** 確かに、他のファンとの「公平性」という観点では議論の余地があるでやんす。でも、人間関係に完全な公平性など存在しないでやんす。それぞれの関係性には固有の歴史があるでやんすからね。
**かっぱ
** そもそも、この記事を公開するか友人に相談したっちゅうんも、そういう配慮があったんやろな。
**ずん
** あ、そういうことなのだ!確かに最後に「背中を押してくださりありがとうございます」って書いてあるのだ。
**やきう
** つまり、公開するかどうかも悩んだっちゅうことや。そら悩むわな。
**でぇじょうぶ博士
** これは「喪の作業(grief work)」の一環でもあるでやんす。死別の悲しみを言語化し、共有することで、心の整理をつけるプロセスでやんすね。
**かっぱ
** しかしまあ、この記事を読んだ他のファンはどう思うんやろな。「自分もいつかは」って思うんかな。
**ずん
** それ、ちょっと怖いのだ...!自分の死後のことまで考えちゃうのだ?
**やきう
** むしろ健全やろ。人間いつか死ぬんやし、自分が応援してた人に覚えててもらえるなら本望やろ。
**でぇじょうぶ博士
** 「死後も記憶される」というのは、ある意味での不死でやんすからね。Aさんはこの記事によって、永遠にインターネット上に存在し続けるでやんす。デジタル・イモータリティでやんすね。
**かっぱ
** なんか急に小難しくなったな。要するに、忘れられへんっちゅうことやろ。
**ずん
** でもさ、この話を読んで、ボクも誰かを応援したくなったのだ!
**やきう
** お前、昨日まで「推し活めんどくさい」って言うとったやんけ。
**でぇじょうぶ博士
** まあまあ、人間の感情は移ろいやすいもんでやんすよ。でもずん君、応援するなら継続が大事でやんす。Aさんみたいに10年続けられるでやんすか?
**かっぱ
** 無理やろな、こいつは。3日で飽きるタイプや。
**ずん
** う...確かに、10年はキツいのだ...でも、せめて1年くらいは頑張るのだ!
**やきう
** 1年でもええやん。誰かを応援するっちゅうのは、結局自分の人生を豊かにすることやからな。
**でぇじょうぶ博士
** その通りでやんす。応援という行為は、他者への貢献のようでいて、実は自分自身の人生に意味を与える行為でもあるでやんす。
**かっぱ
** ほんまやな。誰かのために時間使うっちゅうのは、自分の時間が価値あるもんやって証明することでもあるんや。
**やきう
** そんなん、本人しかわからんやろ。でも、10年間も同じ人を応援し続けられたっちゅうのは、それ自体が幸せの証やろな。
**でぇじょうぶ博士
** 幸福学の観点から言えば、「自分より大きな何かに貢献している」という感覚は、人間の幸福度を高める重要な要素でやんす。Aさんはまさにそれを体現していたでやんすね。
**かっぱ
** そう考えると、ファンっちゅうのも立派な生き方やな。馬鹿にされがちやけど。
**ずん
** でもさ、結局この話の教訓って何なのだ?「推し活は続けよう」ってこと?
**やきう
** 教訓求めんなや。人の死を教訓にすんな。
**でぇじょうぶ博士
** やきう君の言う通りでやんす。これは教訓話ではなく、一人の人間の死と、それを通じて見えてきた関係性の深さについての記録でやんす。
**かっぱ
** そやな。強いて言うなら、「当たり前の日常がいかに尊いか」っちゅうことやな。
**ずん
** じゃあ、ボクたちは何を学べばいいのだ?
**やきう
** 学ぶとかやなくて、感じることやろ。人の死から何か学ぼうとすんのは不遜や。
**でぇじょうぶ博士
** でも、この記事を読んで何かを感じた人は、それぞれの形で自分の人間関係を見つめ直すきっかけになるかもしれないでやんすね。それは悪いことではないでやんす。
**かっぱ
** まあな。大事な人には、生きてるうちに感謝伝えとけっちゅうことやな、結局。
**ずん
** じゃあボクも、推しに感謝のお便り送るのだ!...あ、でも推しは二次元だから届かないのだ...