ずん
「え、女優をワインに例えるって、オシャレぶってるのだ!博士、これって単なる酔っ払いの戯言じゃないのだ?」
でぇじょうぶ博士
「むしろ的確な例えでやんす。若尾文子は5年間で42本も映画に出て、全部違う顔を見せたでやんす。まるでガチャの大当たりを連発するようなもんでやんすね。」
やきう
「42本て、ワイの人生の映画鑑賞本数やんけ。しかも5年て。過労死せんかったんか?」
でぇじょうぶ博士
「当時の大映は女優を酷使することで有名でやんした。まるでブラック企業の走りでやんすね。ただ、その過酷さが逆に演技の幅を広げたとも言えるでやんす。」
ずん
「でも博士、ボクこの人知らないのだ。古すぎて価値あるのだ?」
やきう
「お前な、無知を誇るなや。1960年代って、日本映画の黄金期やぞ。今のゴミみたいな邦画と一緒にすな。」
でぇじょうぶ博士
「まさにその通りでやんす。当時の映画は今みたいにCGに頼れないでやんすから、役者の生々しい演技が全てでやんした。若尾文子はその中でも群を抜いて官能的だったでやんす。」
ずん
「官能的...?それってエロいってことなのだ?」
やきう
「アホか。そんな単純な話ちゃうわ。色気ってのは計算やねん。AIに学習させても出せへん、人間の微妙な表情の機微や。」
でぇじょうぶ博士
「その通りでやんす。『妻は告白する』なんかは、表情だけで複雑な心理を表現してるでやんす。今の若手女優には真似できない芸当でやんすね。」
ずん
「じゃあボクも観てみるのだ!どれがオススメなのだ?」
でぇじょうぶ博士
「『雁の寺』がいいでやんす。僧侶を誘惑する役でやんすが、悪女なのに憎めないという絶妙なバランスでやんす。まるでおいらがモテない理由を説明する時の複雑さに似てるでやんす。」
やきう
「そら集中力が持たへんお前の問題や。スマホ中毒の現代人には無理かもな。」
でぇじょうぶ博士
「まあ確かに、今の視聴環境とは違うでやんすからね。でも逆に、白黒だからこそ陰影が際立って、若尾文子の表情がより妖艶に見えるでやんす。カラーだったら逆に安っぽくなってたかもしれないでやんすよ。」
ずん
「なるほど...つまり、貧乏だったから良かったということなのだ!」
やきう
「それを制約を逆手に取った芸術性って言うんやで。お前みたいな思考停止野郎には一生わからん世界や。」
でぇじょうぶ博士
「ちなみに若尾文子は今も90歳で存命でやんす。引退後は完全に表舞台から消えて、謎の多い人物でやんすね。まるでおいらの恋愛経験みたいに、存在するのに誰も確認できないでやんす。」
でぇじょうぶ博士
「...話を戻すでやんすが、この記事でワインに例えてるのは、つまり熟成によって味わいが変わるという意味でやんす。何度観ても新しい発見があるということでやんすね。」
ずん
「でもそれって、ただの思い出補正じゃないのだ?昔は良かったって言いたいだけなのだ?」
やきう
「お前な、全てを斜に構えて見るのやめーや。素直に評価する心を持てや。」
でぇじょうぶ博士
「いや、ずんの疑問も一理あるでやんす。確かに古い作品を過大評価する傾向はあるでやんすからね。でも若尾文子の場合、技術的な裏付けがあるでやんす。演技の教科書にも載ってるレベルでやんすよ。」
ずん
「じゃあ結局、観ないとわからないってことなのだ?」
やきう
「当たり前やろ。お前、レビューだけ読んで映画観た気になるタイプやな。」
でぇじょうぶ博士
「まあそうでやんすね。ただ、昔の映画は今と違って配信も少ないでやんすから、見る環境を整えるのが大変でやんす。まるでおいらが彼女を作る難易度に似てるでやんす。」
ずん
「また自虐ネタなのだ。でも博士、この42本って全部傑作なのだ?」
でぇじょうぶ博士
「いや、正直駄作もあるでやんす。でも駄作の中でも若尾文子だけは光ってるでやんすね。まるでクソゲーの中の良BGMみたいなもんでやんす。」
やきう
「それわかるわ。作品はゴミでも一部だけ評価されるやつな。でも42本て、年8本ペースやで?今の俳優なら過労死確定や。」
ずん
「つまり、昔の人は働きすぎってことなのだ。ボクは令和の時代に生まれて良かったのだ!」