# 「村社会」論争
愛知を巡る排他性ディスカッション
ずん
「渋谷育ちがデンソー半年で逃亡とか、もはや文化的テロなのだ!」
でぇじょうぶ博士
「おいらに言わせれば、これは『排他性』という言葉の定義が完全にズレているだけでやんす。」
やきう
「ワイもトヨタ系受けたことあるけど、面接で『出身幼稚園は?』って聞かれて草生えたわ。お前ら何歳やねん。」
かっぱ
「幼稚園トークって、もう部族社会やん。縄文時代か。」
ずん
「でも地元の人は『排他的じゃない』って言ってるのだ。誰が本当のこと言ってるのだ?」
でぇじょうぶ博士
「両方とも本当のことを言っているでやんす。地元民は『イジメてない』と言い、外部者は『疎外感がある』と言う。これは視点の違いでやんすな。」
やきう
「つまり悪気なく透明人間扱いしとるってことやろ?それ一番タチ悪いやつやん。」
かっぱ
「5S、カイゼン、なぜなぜ、あるべき姿...って、もう宗教の教義やん。」
ずん
「じゃあ渋谷育ちの女子は最初から行くべきじゃなかったのだ?」
でぇじょうぶ博士
「そう単純な話でもないでやんす。デンソーは世界的優良企業で、給料も立地も申し分ない。ただ『阿吽の呼吸』という名の暗黙知が支配する『ハイコンテクスト文化』が、外部人材を弾き出しているでやんす。」
やきう
「ハイコンテクストって要するに『空気読め』文化やろ?でもその空気、東京育ちには見えへんねん。」
かっぱ
「しかも車社会やから、車乗らん都会人は行動範囲が中学生レベルになるんやろ?地獄やん。」
やきう
「お前そもそも満員電車乗る機会あらへんやろ。引きこもりのくせに。」
でぇじょうぶ博士
「問題の本質は、愛知が『日本最強の雇用』を持ちながら、人口社会増では大阪市や福岡市に負けているという矛盾でやんす。つまり『選ばれていない』のでやんす。」
かっぱ
「トヨタとデンソーあってそれはヤバいな。もったいなさすぎるやろ。」
でぇじょうぶ博士
「簡単でやんす。まず地元民が『自分たちはハイコンテクストすぎる』という自覚を持つこと。そして外部人材を『透明人間扱い』していないか振り返ることでやんす。」
やきう
「でも『そんなことしてない』って否定するんやろ?認識のズレが解消されへんやん。」
かっぱ
「忘年会すら誘われへん外様がおるって時点で、もう答え出とるやん。」
ずん
「むむむ...じゃあボクは愛知に行かない方がいいのだ?」
でぇじょうぶ博士
「ずんはそもそも就職先がないから心配無用でやんす。」
かっぱ
「まあ結局、同質性が高い集団は居心地ええけど、イノベーションは生まれへんってことやな。」
でぇじょうぶ博士
「その通りでやんす。愛知は今、『快適な村社会』を取るか、『開かれた国際都市』を目指すかの岐路に立っているでやんす。」
やきう
「でも現状、村社会のままやろ?変わる気配あらへんで。」
ずん
「じゃあ渋谷女子はもう帰ってこないのだ...。」
かっぱ
「当たり前やろ。半年で逃げ出すレベルやぞ。」
でぇじょうぶ博士
「ただし、この問題は愛知だけの話ではないでやんす。日本全体が『無自覚な排他性』を抱えているでやんす。愛知はその縮図でやんすな。」
やきう
「つまり日本全体が『巨大な村』ってことか。絶望しかないやん。」
ずん
「ボク、もう海外で働くのだ!グローバル人材なのだ!」
でぇじょうぶ博士
「結局、この議論の教訓は『文化的ギャップは相互理解でしか埋められない』ということでやんす。地元民も外部者も、お互いの感覚を尊重する努力が必要でやんす。」
ずん
「じゃあ当分、渋谷女子は愛知に来ないのだ...。あ、でもボクはもともと渋谷行けないから関係ないのだ!」