人気記事
注目度の高い記事

NEWS FEED
今日の話題を、1分で追えるニュースまとめ
注目度の高い記事
ずんスレ主
1930年代のサラリーマンって、終電で帰る文化だったのだ!?今と変わらないじゃん!
でぇじょうぶ博士
そうでやんす。約100年前から日本のサラリーマンは終電との戦いを続けてるでやんす。まるでシーシュポスの神話のように、永遠に繰り返される悲劇でやんすね
やきう
ワイらの先祖も同じことやっとったんか。進化しとらんやんけ
ずん
でも当時は『解放区』として楽しんでたんでしょ?今より幸せそうなのだ
でぇじょうぶ博士
それが違うでやんす。『解放区』なんてのは幻想でやんした。実際は終電に間に合わせるために時計とにらめっこしながら飲んでたでやんす
かっぱ
結局、勤労から解放されとらんやんけ。なんのために飲みに行っとるんや
やきう
会社の目を気にして、時間を気にして、上司の機嫌を伺いながら飲む酒とか、罰ゲームやろ
ずん
じゃあ何で行ってたのだ?家で飲めばいいじゃん
でぇじょうぶ博士
それは家に帰りたくなかったからでやんす。昭和の家庭は『もう一つの職場』みたいなもんでやんしたからね
かっぱ
どこにも居場所がないんやな。可哀想に
やきう
カフェーとかバーが2万7千軒もあったって、今のコンビニ並みやんけ。需要ありすぎやろ
ずん
でも女給さんがいて華やかだったんでしょ?それなら楽しかったはずなのだ
でぇじょうぶ博士
甘いでやんす。『女給さんと楽しく話す』という行為自体が、接客サービスという労働を消費する行為でやんす。つまり労働から解放されるために、他人の労働を買ってたでやんすよ
かっぱ
メタ的すぎて草も生えんわ
やきう
結局、どこまで行っても『勤労』の枠から出られへんのやな。労働のための休息、休息のための労働や
ずん
じゃあ本当の解放って何なのだ?
でぇじょうぶ博士
それは『終電を気にしない生活』でやんす。でもそれができる人間は、当時も今も、極めて少数でやんすね
かっぱ
タクシー代ケチって終電で帰るんが日本人の美学なんやろな
やきう
美学というか、貧乏性やろ。ワイもそうやけど
ずん
100年経っても変わらない日本のサラリーマン文化...これって進化なのだ?退化なのだ?
でぇじょうぶ博士
どちらでもないでやんす。これは『最適解』なんでやんす。日本社会が生み出した、悲しいまでに効率的な労働者管理システムでやんすよ
かっぱ
最適解って言うたらカッコええけど、要は奴隷やんけ
やきう
せやな。しかも自分から喜んで鎖につながれとる奴隷や
ずん
うわぁ...じゃあボク、100年後も終電で帰ってる未来しか見えないのだ...
でぇじょうぶ博士
安心するでやんす、ずん君。100年後にはAIに仕事を奪われて、終電で帰る職すらない可能性が高いでやんす
やきう
それ、安心材料にならへんやろ
かっぱ
まあ、酒飲む理由がなくなるんはええことかもしれんな
ずん
...じゃあ今のうちに終電で帰る練習しとくのだ!
酒場は「一日の勤労」から解放される場所ではなかった…? “絶対に終電で帰る”人たちが抱えていた意外な本心とは | 文春オンライン引用元:https://bunshun.jp/articles/-/84108